男はつらいよ

「男はつらいよ」ブログ、第三段。

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以前も書いたが、毎週土曜日BSで、男はつらいよを放送中です。

録画しておいて、休みの日、朝早く起きて見ています。

シリーズ48作、ほとんど最低一度は見ている。

今回のマドンナは、都はるみ、映画の中では、京はるみ、という名前で有名な歌手という設定である。

その、はるみちゃんが仕事と恋に疲れて、黙って旅に出て、そこで寅さんに出逢い、物語が展開していく。

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見ていて、オードリーヘップバーンの不滅の名作「ローマの休日」とどこか似ている。

しかしそこは、山田洋次マジック、笑い転げているかと思えば、いつの間にか涙が頬をつたっている。

何度みても新鮮な私の大好きな映画です。

「映画ってほんとうにいいもんですね。」



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私達に出来ること

戦後七十年に思う。

以前、私がお世話になっていた、民謡集団「鯱」が練習場にしていた所。

姫路音楽演劇練習場。

防音設備があり、広い部屋から狭い部屋まで数部屋ある。

その音楽演劇練習場を管理している年老いた管理人が話して下さったことがある。

「この場所は戦時中、川西航空と言って兵器を造っていた。空襲を受けて沢山の人が亡くなってるんや。」

そして話しを続けられた。

「ここは当時、亡くなられた方達の鎮魂の意味を込めて造られたんと違うかな、若者たちが、音楽や演劇をする事によって。」

その話しを聴いてから、私は太鼓を打つ時、笛を吹く時の、心の姿勢が変わったように思う。

自分が楽しいと思う事、好きな事も封印し、ただ御国の為に死んでいった人達を偲び、姿勢を正し、何より楽しもうと。

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今声を上げなければ

毎日、暑い日が続いているが、この暑い日が過ぎて、実りの季節が訪れる頃、播州では各地で秋祭りが行われる。

私の地元でも伝統の獅子舞が、家々をまわり、お宮では11種類の舞いが奉納される。

私も練習を含め、約1ヶ月大好きな笛でお手伝いさせていただく。

平和ですね。でもちょっと待って。

当たりまえのように思われている平和が、今から七十年前は当たりまえではなかった。

祭りはおろか、文化、スポーツ、芸能、全てにおいて、「欲しがりません、勝つまでは」と言わされ、中止、または利用されてきた。

今の政府の行動を見ていると私達の先祖が経験してきた、戦前にどこか似ている。

自衛隊を軍隊にすり替え、マスコミを黙らせ、今私達が声を上げなければどうなるだろう?

平和の反対は戦争。

その戦争に行くのは、伝統文化を次の時代に受け継いでいく大切な若者たち。

そんな時代は絶対に繰り返してはならないと声を大にして言いたい。

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天下一品

ここで言う、天下一品とはラーメン屋の名前である。

三十年以上前、京都で仕事をしていた頃、天下一品はまだ京都にしかなかった。

僕の通っていた店は西大路九条にあった。

こってりラーメンの走りだったと思う。

先輩に何度か連れて行かれ、はじめの頃は少し味に抵抗があったが、いつの頃か、僕のなかでは、ラーメンと言えば、天下一品になっていた。

職場が大阪に変わり、天下一品のラーメンが恋しくなっていた頃、天下一品を見つけた。

時期を同じくして、大阪に進出していた。

嬉しくて飛び込んだ。しかしそこで出されたラーメンは、天下一品とは似ても似つかぬ味だった。

店長を呼び出し、なんで、こんな味にしてしまったか問いただした。

店長いわく、あの味は大阪では受けないという。

僕は必死に訴えた。あの味は癖があるので、最初は敬遠されるかもしれないが、何度か食べると、やみつきになるんや。

絶対あの味で勝負せなあかん、必ず、売れると。

数日後、その店に行くと、天下一品の味が復活していた。

店長に、この味や、この味を絶対変えたらあかんでとコンコンと訴えた。店長は頷いてくれた。

また職場が転勤になり、姫路に帰ってきた。

天下一品のラーメンが、恋しい!

そんな頃、姫路にも天下一品が進出してきた。

幸せ者である。久しぶりに食べた、この味、涙が出るほど嬉しかった。

色んなラーメンを食べたが、僕には、ラーメンと言えば、やっぱり天下一品である。

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英雄になった夏

テレビで忘れられない夏、と言う事で、出演者達が、若い頃の思い出を語っておられた。

それを見ていて、自分の、忘れられない夏を思い出していた。

やっぱり、子供の頃の思い出になってしまう。

僕の忘れられない夏は、確か小学校六年生だったと思う、夏休みに母親の里に遊びに行った時のことです。

その夏は1ヶ月近く泊まりこんだ。

母親の里は大変、田舎で、虫取りにはまっていた。

カブト虫である。カブト虫の取れる木は決まっていた。

河原の近くにある、蜜の出ている、くぬぎの木である。

毎朝、三時頃に起きて、その場所に行く。

懐中電灯で木を照らすと三匹、五匹と、カブト虫が止まっている。

小学生の頃のカブト虫といえば、今では、金銀財宝に匹敵するぐらい、貴重に思えた。

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この一夏で五十匹ぐらいは取れたと思う。

財閥にでもなった気分である。

実家に帰った僕は、数人の友達にカブト虫を分けてあげた。

その夏の僕は、まさに英雄であった。



プロフィール

とんまろう

Author:とんまろう
好きなもの:盆栽や笛、腹いっぱい食べること、寅さん、都はるみ、中島みゆき。

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