親父が残して逝ったもの

親父が言ってました。

『地球の皮むきは疲れるなぁ』

この言葉はトラクターで田んぼ耕し終わった時に親父の口から出た言葉です。


私の父親、中田英俊がこの世を去って一週間がたちました。

親父は私に抱えきれないほどの宝物を残してくれました。

逝く直前まで阿呆言って笑かしてくれました。

大好きだった父親を偲んで思い出すままに綴っていけたらと思います。

親父逝く

人生の大きな仕事が一つ終わりました。

7月7日、父親が出直し(亡くなり)ました。

施設に入っていましたが、最後は妹がやってる施設(ひなたの家)私もそこで働いてます、に入りたいと常々言っておりました。

亡くなる2日前くらいから食べられなくなり、いよいよかなというころ、寝台車に乗せて、ひなたの家に連れてきました。

私は休みでしたが妹から今日が山やと聞き一晩父親に寄り添いました。

明けて7日朝、日勤の職員が出勤する前に妹と二人で風呂に入れてやろうということになり、息が止まること覚悟で入浴しました。

実際、入浴中何度か呼吸が止まりました。

風呂からあがりパジャマに着替え終わると眠るように逝きました。8時ちょうどでした。

私達兄妹は涙より汗だくでした。

完璧なまでの死に様でした。

沢山の方々のお陰で素晴らしい最後を迎えましたが、死に様で私に教えてくれた思いでした。

息を引き取るのも神様の守護があってこそと教えて頂いてますが、まざまざと見せて頂きました。

8日、お通夜。9日、告別式。

7日の夜は葬儀場で妹と叔母さんで過ごしました。

二人が用事で出て行き二時間ほど父親と二人きりになりました。

生前、祭りの獅子舞が大好きだった父親の亡骸に向けて獅子舞のお囃子の笛を心行くまで吹かせて貰いました。

素晴らしい時間を過ごせました。

告別式の9日は父親の87才の誕生日でした。

父親の教えを胸に刻みこれから先、前を向いて生きて行きます。

最後にもう一度いいます。

人生の大きな仕事が一つおわりました!

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大丈夫?

妹から電話が入る。

お父さんが先短い!

妹が言うには腎臓の機能がだいぶ悪いようで体が浮腫、むくんでいるようである。

とりあえず妹と二人で父親の所に行く。

妹は看護士でホームホスピスを経営している。

私もそこで介護師として働いて七年になるが30人以上看取ってきた。

その道のプロである。

私達兄妹がそろって父親の所に現れたからか、親父の口から出た言葉。

「ローソクや線香の用意はまだええよ」

この期に及んでまだ冗談言うとは。

妹が言う。

「お父ちゃんもうええやろ、はよ逝き!」

父親が言う。

「逝ったこと無いから道わからへんね」

平然とこんな会話が飛び交い、みんな笑ってる。

帰りの車の中、妹と親父もあんまり長くない事を悟ってあんな言葉を口にするんかな。

妹いわく実際に逢ったら、今日、明日ではないな。

最後の看取りは妹がやっていて私も働いている施設でと思うが、さてどうしたものか?


親父すまん!

来月末には親父の建てたこの家が解体されさらちになる。

親父が子供の頃、茅葺き屋根の家で雨はもる、風が吹けば屋根に穴があき寝てても星が見える。

どうしても家を建てたい!そんなこんなで左官になった。

必死な思いでこの家を建てた。

家を建て替えるにあたり施設に入っている親父の了解を取りに行った。

「今ある家を解体して家を建て変えようと思う、親父が苦労して建てた家潰してええか?」

親父から返ってきた言葉。

「わしが建てた家、潰すか潰さんかより、今日食べるカレーが美味いか、まずいかの方が、わしには問題や!」

昔から物への執着が余りなかった親父だが、こんな返事が返ってくるとは流石に思わなかった。

親父の心遣いに目頭が熱くなったその日の私でした。

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八重庵

和かふぇ八重庵。

お庭が素敵なお店。

前回は紅葉の季節にお邪魔して以来です。

お客様は私達だけでゆっくりお話しさせて頂いた後、笛を吹かせて頂きました。

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プロフィール

とんまろう

Author:とんまろう
好きなもの:盆栽や笛、腹いっぱい食べること、寅さん、都はるみ、中島みゆき。

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